日本の熱気球の先駆者
国内の熱気球が希少だった時代に、仲間と共に手作りし、初飛行。「これで食っていこう」と25歳で専門会社を起業し、現在まで続く業界団体(現・日本気球連盟)の設立メンバーにもなった。1989年には佐賀市での「世界選手権」実現に尽力。以降、毎回80万人もの動員に貢献している。今年は創業から約50年で初めて地元・東村山市で搭乗体験会を実施した。この体験会は来月23日にも予定されている。
大学時代に気球を手作り
日本初の熱気球の有人飛行は1969年のこと。大学生らが手作りしたというニュースに触発され、仲間と共に製作に熱中した。アルバイトで貯めた資金でポリエステル製の布を買い、裁断して、ミシンで縫った。大学1年生のときに活動を始め、気付いたら3年生になっていた。
その処女飛行が、自身にとっても初めての気球への搭乗。設計には自信があり、怖くはなかった。手探りで操縦し、数百メートルまで浮上した。
「自分たちで作ったもので飛んでいるという達成感が大きかった。もっと飛行してみたいと思いましたね」
家業の材木業に従事しながら気球に没頭。これを仕事にしたいと78年に起業した。
日本代表選手から「大会運営」へ
経営する「ジャパンバルーンサービス」では、気球の販売や運航、観光フライトや体験搭乗会などを多彩に手掛ける。中でも、唯一無二の強みを持つのが、大会の運営だ。現在では、年間を通したグランプリも開催する。
その先駆けとなったのは、89年の佐賀市での世界選手権。日本代表選手としてフランス大会(83年)に参加したときに、日本とはまるで違う盛り上がりを目撃し、日本にもこういう文化を広めたいと思った。
「100機もの気球が一斉に離陸していくのは大迫力なんです。それを見たくて、何十万人もの人が集まって来る。スポンサーも付いていて、イベントとして成立している姿に魅了されました」
「丸い地球」を見下ろす疑似体験
こうした活動を通して特に子どもたちに感動を与えられることにやりがいを感じている。東日本大震災後には現地に乗り込み、気球搭乗体験で子どもたちを励ました。
現在注力するのは「ワンダーグローブプロジェクト」。地球を模したオリジナル気球を別の気球から見下ろすという企画。丸い地球を眺める疑似体験ができる。
「気球だからできる取り組みがたくさんある。その魅力に出合える場を、もっともっと増やしていきたいですね」
■まちだ・こうぞう 1953年東京都生まれ。74年、日本熱気球連盟設立。83年、フランス熱気球世界選手権の日本代表。2002年、NPO法人熱気球運営機構(AirB)を設立。



