4月に本屋大賞を受賞した『成瀬は天下を取りにいく』。
タイトルと表紙デザインからまったく興味を惹かれなかったが、高2の息子が「国語の先生に薦められた」と面白がっていたので、拝借した。
要は、ちょっと風変りな女の子を描いた作品なのだが、デパートの閉店や地元の祭りが描写されていて、この作品は郷土愛がテーマなのだと感じた。主人公・成瀬の郷土愛が深すぎて面食らう部分もあるが、地域紙を作る身としては好感を抱くことのほうが多かった。
さて、本題。流行ではなく、もっと骨太の文学作品を読みたいんだ――という人にぜひ紹介したい情報が入ってきた。
本紙の長い読者には説明不要だが、太宰治文学賞作家の志賀泉さんが、新刊『爆心地ランナー』を上梓された。志賀さんは福島第一原発近くの福島県南相馬市のご出身で、以前小平市に暮らしていたことから、インタビューを縁に、お近づきになった。長い間本紙でエッセーをご連載くださっていたが、当社に余力がなく、しばしご休載いただいている。
志賀さんの創作テーマは2011年以降、郷土と原発にフォーカスされているが、これは完全に使命感によるものだろう。原発事故の記憶さえも風化しつつあるなかで、事故から10年後の苦しみをこれだけ深く書ける作家は、今は志賀さん以外に居るまい。
新刊では、表題作と中編の2編を収録している。表題作「爆心地ランナー」が圧倒的に良い。私は志賀さんの作品(少なくとも商業出版されたもの)を全て拝読しているが、個人的には過去最高の傑作だと思った。
ただし断っておくが、これは読みやすい小説ではない。はっきり言って、物語の半分くらいまで、何がどうなっているのかよく分からない。それが、主人公が走り出す辺りから(文字通り走る)、一気に事情が明かされていく。あまり触れるとネタばれになるので避けるが、もし読む方がいるなら、一つだけ以下に解説しておきたい。
作品の終盤で福島の海が重要な舞台となるのだが、これは志賀さん自身の原風景を描いているものといえる。志賀さんは35歳のときに胃がん手術を受けているのだが、前日に人生を振り返り、10歳の頃に泳いだ福島の海が脳裏に浮かんだときに、「この海となら死んでもいいな」と思ったという。そうした作家の背景を知ったうえで、ぜひお読みいただきたい。
最後にトピックをもう一つ。小平市環境政策課が環境問題への取り組みを紹介する「いっしょにdo」という動画を独自制作・配信している。作中の歌を「歌う公務員」こと、同市職員の市川裕之さんが披露しているのだが、お世辞ではなく、これがなかなか良い。やはり、郷土愛の詰まった曲だ。映像、イラストのクオリティも高いのだが、まだ600回ほどしか再生されていない。ぜひ多くの方に見てみてほしい。
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