神さまのお通り

猫 耳 南 風

太宰治文学賞作家 志賀泉さんコラム

 

台風の被害はもちろん「自然災害」だが、最近のスーパー台風を生み出しているのが地球温暖化であり、文明の所産であるなら、広い意味ではこれも「人災」だろう。いや「人類災」か「文明災」とでも呼ぶべきかもしれない。台風十九号を「自然の猛威」とは誰も言わない。台風の威力が「自然」からはみ出している。

昔、沖縄を旅していて、「神さまのお通り」という言葉を知った。台風が通過する夜は神さまが「お通り」になるから、家族で耳栓をして早めに寝てしまおうというわけだ。僕の知る限り、少なくとも十数年前までこの言葉は生きていた。今ではもう昔話かもしれない。沖縄の伝統的な民家が簡素な造りなのは、台風に壊されてもすぐに建て直せるためだった。実際、暴風に屋根を吹き飛ばされた家から、住民が笑いながら出てくるのを見た人がいる。ほんの五十年前のエピソードだ。

* * *

人が自然を神格化してきたのは、それがどんな被害をもたらそうと、存在するからには何らかの意味があると認識していたからだ。台風の発生にも意味はある、もちろん。地球にとってなくてはならない現象だ。地球のある場所が局地的に熱くなれば、大気と海を掻き混ぜることで熱を拡散し、バランスを保ってきた。そうやって地球は環境を維持し、生態系を守ってきた。台風は必要があって生まれ、必要に応じて巨大化し、数を増やす。その自己調節システムを生命体とみなしたのが、ひところ流行した「ガイア理論」だ。「ガイア」とはギリシャ神話の地母神であり、天と海と地の生みの親。だから「ガイア」的には台風も「神さま」の一部だ。しかし、このような自己調整システムもそろそろ限界かもしれない。

今回の台風で被害に遭われた方から、「そんな抽象的な話が何の役に立つ」と叱られそうだが、たまには「地球の気持ち」で台風について考えてみるのも無駄ではないだろう。人類は長い間、そうやって自然と付き合ってきたのだから。

 

プロフィール

志賀 泉

小説家。代表作に『指の音楽』(筑摩書房)=太宰治文学賞受賞=、『無情の神が舞い降りる』(同)、『TSUNAMI』(同)がある。福島県南相馬市出身。福島第一原発事故後は故郷に思いを寄せて精力的に創作活動を続けている。ドキュメンタリー映画「原発被災地になった故郷への旅」(杉田このみ監督)では主演および共同制作。以前、小平市に暮らした縁から地域紙「タウン通信」でコラムを連載している。

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