ご近所に五重塔

猫 耳 南 風

太宰治文学賞作家 志賀泉さんコラム

 

なくても別に困らないけど、ご近所にあると思うと少し嬉しい。僕にとって五重塔はそんな存在だ。いつもの散歩コースから少し足を伸ばした所に五重塔がある。僕がその存在を知ったのは、実は最近のことだ。駅などに置いてある「○○散策マップ」を見て、女房が一人で確かめに行き「立派だったよ」と興奮気味に僕に報告してくれたのだ。

川崎市麻生区の香林寺という禅寺にそれはある。僕が住んでいるのは川崎市多摩区の団地で、香林寺まで二キロ余り。女房の案内で僕も見物に行った。住宅街をてくてく歩き、「ほらあそこ」と女房が指差す。島のように盛り上がる緑の丘の頂に、五重塔のシルエットが見えた時は、ちょっと感動した。そこだけを切り取ればまるで古都の風情なのだ。

撮影:志賀泉

 

五重塔の建立は一九八七年。意外と新しい。僕の住む団地が造成されたのと同じ時期だから、何となく時代背景が見えてくる。(香林寺自体は戦国時代初期の創建)五重塔としては新参だろうが、いやいや、風格も気品もある、頼もしい立ち姿だ。僕は仏教徒でも何でもないが、ご近所に五重塔があるというのは、なんとなく嬉しい。

ところでこの五重塔、東日本大震災の際に先端部分(宝珠龍車)が落ちたという。塔はすぐに修復されたが、落下し傷ついた実物が今も、歴史の証人のように境内に建っている。そんなところにも、僕は親しみが湧いたのだった。

 

プロフィール

志賀 泉

小説家。代表作に『指の音楽』(筑摩書房)=太宰治文学賞受賞=、『無情の神が舞い降りる』(同)、『TSUNAMI』(同)がある。福島県南相馬市出身。福島第一原発事故後は故郷に思いを寄せて精力的に創作活動を続けている。ドキュメンタリー映画「原発被災地になった故郷への旅」(杉田このみ監督)では主演および共同制作。以前、小平市に暮らした縁から地域紙「タウン通信」でコラムを連載している。

 

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