消化器外科学、臨床栄養学などを専門にする田無病院の丸山道生院長。特に、胃ろうや経腸栄養の第一人者として知られます。
さらにその一方で、「世界の術後食」を研究する、文化人類学者のような一面もお持ちです。
イギリスの術後食にショックを受けた
「世界の術後食・病人食」に興味を持ったのは、イギリスの友人に請われて行なった現地での手術がきっかけだそうです。
そのとき、胃の手術をした患者が翌日からサンドイッチを食べているのを見て衝撃を受けました。
「これ、おかしくない?」
友人に質問してみましたが、返ってきたのは、「なんで?」の一言。それをきっかけに、
「そういえば、世界では手術後にどんなものを食べているのだろう?」
と一気に関心が広がりました。
以来、20年超。
訪ねた国・地域は30以上にのぼります。
80カ所以上の病院で、実際に「術後食」を食べてきました。そして見えてきたのは、「その地域の生命の象徴が術後食に選ばれている」ということです。
術後食には文化が反映されている
例えば日本。重湯に始まり、三分粥、五分粥……と「米」が食べられています。これが、東アジアの北部になると、粟が交じります。一方、南部になると大麦に。
いずれも穀物の文化です。
対してヨーロッパは、もちろん肉です。肉を煮たスープ(=ブロス、ブイヨン)をベースに、ラテンではそこにパスタが入ります。ゲルマンでは、最初こそブロスですが、すぐにマッシュポテトやポタージュに。
「術後食で選ばれているのは、その地域・民族にとっての『生命再生』のイメージにつながるものです。そこは栄養の問題ではないんですね」
と丸山院長。
面白いことに、どの地域でも、「術後食と離乳食はほぼ同じ」という傾向も見られるそうです。
研究結果は医療現場でも生かされている
丸山院長が20年以上かけて得たデータは、医療現場でも生かされ出しています。
「安全な手術も多くなり、『きちんと噛めるなら早期から普通食が良い』という説も出ています。今が過渡期です。今後の術後食を模索していくなかで、各国の実例を追ったぼくのデータが参考にされています」
2年前から院長を務める田無病院でも、「食」の改善に取り組んできました。
地域の旬のものを摂ろうという「地産地消」に取り組み、患者のリハビリも兼ねた江戸東京野菜の収穫も行なっています。
そんな田無病院のスローガンは、「老いても足で歩くまち、老いても口から食べるまち、西東京」。
胃ろうを熟知するスペシャリストだからこそ、いま、こう力を込めます。
「今の高齢者の医療で必要なものは、『運動・栄養・社会参加』の3つです。運動機能が落ちないように、早め早めで対処することが大切ですね」
◆まるやま・みちお 西東京市出身。日本胃癌学会学会賞(西メモリアルアワード)受賞。日本在宅医療学会・大会長など歴任。著書に『経腸栄養バイブル』ほか多数。
◎田無病院