自然や旅をテーマに、絵やエッセーなどを手掛けるイラストレーターの中村みつをさん。
先頃、高低差50メートル以下の東京の山を紹介する『東京まちなか超低山』を出版し、各メディアで取り上げられる話題の書となっています。
小平から見た「山」に惹かれて
この新刊では、わずか2、3分で登れる「超低山」を特集しています。子どもでもシニアでも楽しめる山――という視点ですが、実は中村さん自身はバリバリの登山家です。高校生のときに、国内でも有数の難所・谷川岳一ノ倉沢衝立岩を登攀(とうはん)。これまでに、ヒマラヤやヨーロッパアルプス、パタゴニアなど、世界各所を歩いてきています。
登山を始めたきっかけは、中学生のときに、生まれ育った小平市から西を見てふと抱いた「あの山は何だろう? 奥多摩とかいうんだよね?」の問いです。
「行ってみようか」
と友人と誘い合ったのが始まり。間もなく山に魅せられました。
以来、「より高く」「より険しく」――そんな登山を続けてきましたが、20年ほど前、小さな転機がありました。出版社を訪ねた帰りに、ふと思い立って愛宕山に寄り道したことです。
それが、「超低山」との出会いとなりました。
「愛宕山」登山を機に「超低山」の世界へ
「出世の石段」で有名な愛宕山は、天然の山としては23区内で最も高い独立峰(標高25・7メートル)です。登ってみると、高山と変わらない高揚感、征服感がありました。
「なんで東京都心に山があるのだろう?」
続いて、そんな疑問が頭に浮かぶと、イラストレーターの脳裏には、建造物を取り払った300年前の地形が広がり出しました。起伏に富んだ、江戸市中と郊外。その中でも、生まれ育った(小平市)花小金井を源流にする石神井川が、北区王子の飛鳥山まで注いでいると気づいたとき、「つながっているな」という感覚が生まれました。
江戸時代の人々と同じ土を踏める特別な場所
「超低山は、かつての光景を想像しながら登ると本当に楽しいです。周囲は町だったのか、原野だったのか。富士山も見えたはずです。その山道はかつて江戸町人や町娘たちが登った場所。超低山は、江戸時代に遊びに行ける特別な場所なんですよ」
なるほど。言われてみれば、江戸時代の人々と同じ石段や土の道を歩けるのは「山」ぐらいかもしれません。ちなみに、超低山の近くにはそばやうなぎなどの老舗も多いとのこと。食でも、当時とつながれる楽しさがあるそうです。
「東京の超低山には、高さ以上の深さがあるんです。その魅力を多くの人に味わってほしいですね。遭難のリスクも小さいですし(笑)」
◆なかむら・みつを 1953年小平市出身、イラストレーター、画家。読売新聞連載の「一歩二歩山歩」の挿絵を20年続けている。著書に『のんびり山に陽はのぼる』(山と渓谷社)、『山旅の絵本』(JTBパブリッシング)など多数。日本山岳会会員。