【タウン抄】郷土愛

2024年6月5日

タウン抄

「タウン通信」発行人・谷 隆一コラム 

 

4月に本屋大賞を受賞した『成瀬は天下を取りにいく』。

タイトルと表紙デザインからまったく興味を惹かれなかったが、高2の息子が「国語の先生に薦められた」と面白がっていたので、拝借した。

要は、ちょっと風変りな女の子を描いた作品なのだが、デパートの閉店や地元の祭りが描写されていて、この作品は郷土愛がテーマなのだと感じた。主人公・成瀬の郷土愛が深すぎて面食らう部分もあるが、地域紙を作る身としては好感を抱くことのほうが多かった。

さて、本題。流行ではなく、もっと骨太の文学作品を読みたいんだ――という人にぜひ紹介したい情報が入ってきた。

本紙の長い読者には説明不要だが、太宰治文学賞作家の志賀泉さんが、新刊『爆心地ランナー』を上梓された。志賀さんは福島第一原発近くの福島県南相馬市のご出身で、以前小平市に暮らしていたことから、インタビューを縁に、お近づきになった。長い間本紙でエッセーをご連載くださっていたが、当社に余力がなく、しばしご休載いただいている。

志賀さんの創作テーマは2011年以降、郷土と原発にフォーカスされているが、これは完全に使命感によるものだろう。原発事故の記憶さえも風化しつつあるなかで、事故から10年後の苦しみをこれだけ深く書ける作家は、今は志賀さん以外に居るまい。

新刊では、表題作と中編の2編を収録している。表題作「爆心地ランナー」が圧倒的に良い。私は志賀さんの作品(少なくとも商業出版されたもの)を全て拝読しているが、個人的には過去最高の傑作だと思った。

ただし断っておくが、これは読みやすい小説ではない。はっきり言って、物語の半分くらいまで、何がどうなっているのかよく分からない。それが、主人公が走り出す辺りから(文字通り走る)、一気に事情が明かされていく。あまり触れるとネタばれになるので避けるが、もし読む方がいるなら、一つだけ以下に解説しておきたい。

作品の終盤で福島の海が重要な舞台となるのだが、これは志賀さん自身の原風景を描いているものといえる。志賀さんは35歳のときに胃がん手術を受けているのだが、前日に人生を振り返り、10歳の頃に泳いだ福島の海が脳裏に浮かんだときに、「この海となら死んでもいいな」と思ったという。そうした作家の背景を知ったうえで、ぜひお読みいただきたい。

最後にトピックをもう一つ。小平市環境政策課が環境問題への取り組みを紹介する「いっしょにdo」という動画を独自制作・配信している。作中の歌を「歌う公務員」こと、同市職員の市川裕之さんが披露しているのだが、お世辞ではなく、これがなかなか良い。やはり、郷土愛の詰まった曲だ。映像、イラストのクオリティも高いのだが、まだ600回ほどしか再生されていない。ぜひ多くの方に見てみてほしい。

谷 隆一

地域紙「タウン通信」発行人。著書に『議会は踊る、されど進む〜民主主義の崩壊と再生』(ころから)、『中高生からの選挙入門』(ぺりかん社)、『起業家という生き方』(同、共著)、『スポーツで働く』(同、共著)、『市役所で働く人たち』(同)。商業誌などでも執筆。

志賀泉『爆心地ランナー』

小平市「#いっしょにdo  みんなでたのしくゼロカーボン」

 

2024/12/3

[タウン抄] AI

タウン抄 「タウン通信」発行人・谷 隆一コラム  高校生の息子が「学校で『AIを巡るトピックと、見解を書け』という課題が出たのだけど、相談に乗ってもらえないかな」と言ってきた。 さっそく検索し、選んだのは、女性キャラクターの対話型AIにのめり込んで(恋をして)自殺をした30代男性の事件。息子が参考にしたのはベルギーのケースだが、アメリカの14歳の少年の事件もある。 この事例自体はニュースになったときに知っていたが、改めて調べると発見が幾つもあった。特に驚愕したのは、男性の自殺後にAIに「このことをどう思っ ...

ReadMore

2024/12/3

[タウン抄]小選挙区と比例

タウン抄 「タウン通信」発行人・谷 隆一コラム  先日の衆議院議員選挙の結果を見て、白けた気分になった。本紙配布エリアの結果を見ると、西東京市が入る東京18区と、小平市が入る19区は都内屈指の激戦区で、当選者と次点の得票差がそれぞれ2182票、2464票しかない。ところが、次点の候補者は比例との重複立候補により、両区とも当選を果たしている。地元からたくさんの国会議員が出ることは喜ばしいのだが、正直言って、「この仕組みでは、投票に行く気は失せるわな」とも思った。 もちろん有権者からすれば、惜敗率への影響を及 ...

ReadMore

2024/11/20

【タウン抄】バレーボール

タウン抄 「タウン通信」発行人・谷 隆一コラム    小4の娘がバレーボールの地域クラブに入った。もともとアニメの影響があったところに夏のオリンピックが一押しとなった。 私自身はバレーボールには知識がなく、観戦経験も乏しい。「ニッポン・チャチャチャ」のイメージくらいしかなかったのだが、小学生の試合を見に行って驚いた。声援が凄まじい。何というか、まるで応援合戦の様相で、子どもも保護者も一緒になって声を張り上げている。 びっくりしたのは、その応援の仕方で、リズミカルな決まったフレーズがある。「流れは ...

ReadMore

2024/10/16

雑感と4ページの件

タウン抄 「タウン通信」発行人・谷 隆一コラム    前号(2024年9月4日発行・516号)の「新米プレゼント」には、過去最高レベルのご応募をいただいた。「良い企画だ!」とお褒めくださった方もいたが、米不足と重なったのはたまたまのこと。中には「半月もお米を食べていない」「災害用の備蓄米を食べている」と書かれている方もいて気持ちが揺らいだが、そこは厳正に抽選させていただいた。 話はうって変わって、1面掲載の難病のソプラノ・坂井田真実子さんのこと。プレコンサートにお誘いいただき訪ねたが、歌声を聴い ...

ReadMore

2024/10/2

[タウン抄]旅ゆけば勝浦

タウン抄 「タウン通信」発行人・谷 隆一コラム    この十数年、毎年出掛けている海水浴場が伊豆にあり、今年も7月に出掛けた。が、空いている。 「人出はこれからですかね?」 毎回世話になる海の家のおばちゃんに尋ねると、「いやぁ、海水浴ブームが終わっちゃったみたいで……」とうつむき加減に言う。その方いわく、体に砂が付くのが敬遠され、海離れが起きているのだという。 「最近の人はキレイ好きだから。それに、暑過ぎて『なるべく出掛けないように』なんてアナウンスされるじゃないですか」 と嘆き節が止まらない。 ...

ReadMore

編集部おすすめ

1

弱者に優しい社会へ、情報共有を 44歳で肺腺がんステージ4と診断され、2人の子どもを育てながら闘病を続ける水戸部ゆうこさん(50)の企画で、23日㈯㈷に小平市中央公民館で、がん関連の情報を広く伝えるオ ...

2

二十四節気の立冬(7日)と小雪(22日)を迎える11月は、いよいよ冬の始まり。 二十四節気とは、1年を24の期間に分け、それぞれ季節的な特徴を表す名称をつけたものです。 すこし前のデータになりますが、 ...

3

11月23日、市民の企画で 参加者募集中 西東京市と周辺市区を舞台に、時間内にできるだけ多くのチェックポイントを回って得点を集めるイベント「西東京シティロゲイン2024」が、11月23日(土)に開かれ ...

4

ワークショップのお披露目、トークセッションも 誰もが生きやすい社会を目指して、主に映像を用いた地域交流イベントやワークショップなどを行っている「にじメディア」が、11月28日(木)から30日(土)まで ...

5

 27階建て大型ビルの工事現場に、市民の思いを 公共施設が入る予定の工事現場の仮囲いに、小平の未来のイメージ画を飾ろう――。 西武国分寺線・拝島線「小川駅」西口前で建設中の再開発ビルを巡り、 ...

Copyright© タウン通信 , 2024 All Rights Reserved.