市役所で養蜂を行うという全国でも珍しい取り組みをしている清瀬市で、8万匹のミツバチが新庁舎への“引っ越し”を準備しています。
が、通常の定置養蜂では巣箱を移動させることなどないため、作業は手探り状態とのこと。しかも、ミツバチならではの“引っ越し”の手間があるそうです。
その現場を取材しました。
2014年から市役所屋上で養蜂
取材で訪ねたのは、2021年1月下旬です。
寒風の吹き抜ける屋上には、8箱のミツバチの巣箱が置かれていました。
木枠の巣箱は、防寒のため、水色の発砲スチロールで覆われています。2014年の養蜂開始以来、一貫して中心になって担当してきた総務課の海老澤雄一さんは「過保護かもしれないけど」と笑いながら、「以前、冬に巣箱の中でハチが凍死してしまったことがあるので、このような対策をしています」と話してくれました。
海老澤さんによると、1箱の中で約1万匹のミツバチが暮らしているとのこと。冬の間はあまり外に出る活動はしない、とのことでしたが、それでも十数匹のミツバチが周囲を飛び回っていました。
桜の蜜を採るために、一足先に「新庁舎」へ
1箱の重さは40〜50キロほど。定置養蜂では通常なら動かす必要のない巣箱ですが、清瀬市では、その移動が迫られています。庁舎を移転するためです。
現在の庁舎は1973年の建造で、外観からも老朽化が見て取れます。耐震性に問題があることから、現庁舎の隣接地に新庁舎が建設されており、その稼動は今年5月が予定されています。
現庁舎は解体されるため、ミツバチたちも新庁舎への移動が決まっています。やはり屋上への設置になる予定です。
庁舎の引き渡しは3月8日の予定。
海老澤さんは、「まだ調整中ですが、できれば3月9日、10日に下見をさせてもらい、職員の移動より先に、まずはミツバチを引っ越しさせたい」と話します。引っ越しを急ぐ理由は、桜の開花前に新しい場所に慣れさせたいとの思いからです。
「柳瀬川沿いに咲く桜は、清瀬市役所のミツバチにとって貴重な蜜源です。ハチミツの生産量を増やすためには、重要な時期なのです」
と海老澤さんは話します。
一度、現在地の記憶を消す必要が…
——とはいえ、新庁舎は現庁舎の目の前。ともに4階建てで屋上の高さもほぼ同じです。
そこまで意気込む必要もないように思えますが……。
「頭の良いミツバチならではの難しさがあるのです」
そう語調を強めた海老澤さんは、以下のように説明してくれました。
「現庁舎から直接、新庁舎に移動した場合は、ミツバチたちは記憶を頼りに、元の現庁舎のほうに帰ってきてしまうのです。
ミツバチは2〜3キロの周囲を飛び回るので、新庁舎に定置する前に少し遠いところに移動させ、現庁舎の記憶を消さなければなりません」
というわけで、8万匹のハチたちは、一旦、市が管理する資材置き場(複十字病院の近く)に移動させられ、1カ月ほどそこで過ごした後に、新庁舎に移されるのだそうです。仮住まいへの移転は、2月2日(火)に予定されています。
ただ、そこには幾つかの課題と懸念が……。
「なんといっても、第一は、安全に移動することです。万一転がっても大丈夫なように、箱のふたを釘で止め、開口部を塞ぎ、台車とエレベーターで移動させますが、市役所内を移動するので緊張する作業です。
1箱がかなり重たいので、職員8人がかりで作業することになっています。
次に心配なのは、ミツバチがここに戻ってこないか、ということ。地図で見たところ、仮住まい先は直線で2.3キロほどの距離でした。ミツバチたちの行動範囲のぎりぎりのところです。
もし戻ってきてしまったら、巣を見つけられずに、迷いバチとなって最終的には死んでしまいます。ミツバチの数を減らしてしまうので、何とかそうならないよう、祈る気持ちです」
新庁舎に移動した後についても、心配は尽きません。まだ建物内に入れないため、設置場所の状況が分からず対策が立てられないためです。
屋上は直射日光を浴びるため、人工芝を敷く、屋根を設置する、といった巣箱を守るための設備をしたいのですが、準備が進まないといいます。
「幸い3月なら暑さ・寒さもちょうど和らぐので、まずは巣箱を移し、環境整備はそのあとで進めていこうと考えています」
と海老澤さんは計画を口にしていました。
ミツバチは、今や、清瀬の顔に
このように、ともすれば職員の移動以上にビッグプロジェクトとなっているようなミツバチの“引っ越し”ですが、実際のところ、事業開始から7年が経ち、今では清瀬市役所のミツバチは「市の顔」ともいえる存在になっています。
この冬は、市役所近くの清瀬小学校の5年生たちが環境学習でミツバチをテーマに学び、自発的に、自作のポスターを市内に掲示するという活動を行いました。児童自ら市内の店に電話をして「ミツバチがいかに市のために働いているかを伝えるポスターを貼らせてほしい」と働きかけているといいます。このポスターは、清瀬駅前のペデストリアンデッキでも掲示されています。
また、つい先日には、市内にある明治薬科大学の教授から連絡があり、「ハチミツの作用を研究したい。新発見ができたときには、共同で記者会見をしましょう」と連携を持ちかけられたとのこと。同大学と市はすでに提携していることから、これも前進しそうです。
採取されたハチミツの商品化も多角的に進んでいます。
「kiyohachi(きよはち)」のブランド名でハチミツ自体が販売されるほか、これまで、市内の事業者と提携し、マドレーヌやドレッシング、化粧品などが開発されています。とりわけ、昨夏に手がけられた、高島屋のプライベートブランド「ジェラテリア・パンチェーラ」とのコラボ商品「はちみつチーズジェラート」は、予定数が初日で完売するなど話題を呼びました。
今年の夏にも販売を予定するほか、さらに市内のブルーベリー農家と提携した「ブルーベリーアーモンドジェラート」(仮)や、ミツバチの受粉活動で実ったシークワーサーを用いた「シークワーサージェラート」の開発も計画されています。
ミツバチの活動は、作物を豊かに実らせたり、野鳥を呼び戻すなど、地域の自然に対して好影響があることから、今や市役所のミツバチは、清瀬の自然を象徴する存在として認識されるようになってきています。
市役所前には、写真撮影に適したミツバチのパネルがあり、取材に訪ねた日は、市役所前でハチミツ関連の商品の販売も行われていました(※この商品は市役所産ではなく、提携する西武造園のもの)。
独学で試行錯誤した7年間 「今後は生産増を目指す」
もっとも、ここまでの道のりは簡単なものではありませんでした。
「養蜂をやろう!」と発案したのは、中澤弘行副市長。しかし、職員で養蜂経験がある人がいなかったため、図書館で養蜂関係の本を借り、それを読むところから始めたといいます。
中澤副市長は、「何か市民の健康につながる施策を、と発案したのですが、環境面でも教育面でも良い成果が出ていて、ここまでうまくいくとは思いませんでした。海老澤さんが頑張ってくれました」と振り返ります。
当の海老澤さんは、「独学なので、今でもこのやり方が正しいのか分からない。当初は何も分からず、抵抗感もあった」と正直に告白しながら、「逃げずに頑張ってきて良かったな、と思います」と話してくれました。
この7年の間には、スズメバチの襲撃でミツバチが全滅してしまったり、ミツバチを守るための独自の小屋を建てたり、養蜂に詳しいアメリカ人の協力を得てミツバチを増やすのに成功したりと、さまざまなことがあったそうです。
取材の最後に海老澤さんは、今後の豊富を語ってくれました。
「最近は商品開発など商業面に目が向いていたので、新庁舎への移転を機に、初心に戻って養蜂技術を磨くことをしたいと思っています。
もともとこの事業は、学校給食用にハチミツを提供したり、高齢者の健康を支えるためにハチミツを利用しようという、『健康』を目的にしたものでした。その期待に応えるには、ハチミツの生産量を増やすことが重要です。各方面にしっかり清瀬市役所産のハチミツが行き渡るよう、努力したいです」
なお、新庁舎の市民への公開日は、3月28日が予定されているとのこと。今のところ、ミツバチに関連した企画は用意されていないとのことですが、語呂だけで見れば「ミツバチの日」となっています。