寄 稿
2001年に誕生した西東京市は、今も田無庁舎と保谷庁舎に分かれて事務を行なっています。
この二庁舎体制の非効率性を解消するため、施設の耐用年限をもとに、次のような工程表が立てられました。
①市民会館と中央図書館・田無公民館の合築複合化
②保谷庁舎の取壊し
③旧中央図書館・田無公民館を庁舎機能として活用
④田無庁舎の取壊し
⑤統合庁舎の完成(平成45年)
さて、近隣市の中央図書館の面積と人口は、西東京市1571㎡/195千人、小金井市1956/114、東久留米市2545/114、三鷹市3172/177、小平市4704/181、武蔵野市7529/136です。最大の人口を擁する西東京市が、最小の中央図書館に甘んじているのです。その原因は、今から50年前に起こりました。
50年前の経緯
1967年(昭和42)に田無市が発足、翌年度の施政方針演説で、指田吾一市長は福祉センター建設を発表した。木造の公民館は取りこわされ、公民館事務所と図書館は裏の児童館に移転した。年度末には公民館条例が廃止される。
1969年、市民福祉会館(現市民会館)が開館する。地下1階、地上5階の建物で、3階はすべて社会教育施設にあてられ、社会教育課が事務所をおいた。
1972年に教育百年記念事業企画委員会が発足し、「田無市教育百年史」の刊行と記念図書館の設立を市長あて答申した。さらに、1973年設置の図書館建設諮問委員会は、図書館と公民館を併設する内容の答申を市長あてに提出した。かくして、中央図書館と中央公民館は1975年に開館する。
迫り来る期限。解決策は…
7月には、合築複合化基本プラン策定懇談会が発足し、年内に基本プランを市長へ報告する予定です。でも、市民会館4781㎡に中央図書館1571㎡と田無公民館1241㎡を押込めるのは不可能ですし、合理的とも思えません。ここは、50年前を思い出し、市民会館に出て行ってもらうしかありません。
そうすれば、図書館の面積も倍増して三鷹市なみになり、公民館も市民会館の部屋を吸収できます。公会堂はなくなりますが、保谷こもれびホールとコール田無に代替してもらいましょう。
(近辻喜一 西東京市在住)