「地域は子育ての緩衝帯」 NPO法人「まちかど保健室」副代表・帝京短期大学講師 喜田貞さん
子育て環境が激変し、親子ともに孤立しがちな状況があるなか、「地域」の役割が改めて注目されています。
「地域」は子育てにおいて、どんな役割を担えるのでしょうか。
養護教諭の経験をベースに、10年以上にわたって地域で子育て支援活動を続けている、帝京短期大学講師の喜田貞さんに話を聞きました。
約40年の養護教諭経験をベースに「まちかど保健室」
——まず、喜田先生のご活動について教えてください。
「小平市や旧田無市(現・西東京市)で37年間、養護教諭をしていました。その経験を元に、『地域の中に気軽に相談ができる場を』との思いで、2005年に『まちかど保健室』を開設しました。12年にはNPO法人化しています。
『まちかど保健室』では、子育て相談やセミナー、若いお母さん方のサークルづくりなどをしてきています。
会員は現在約30人。養護教諭、教諭、保育士、栄養士、助産師、薬剤師などさまざまな専門職がかかわっており、そのネットワークで、セミナーなどでは一流の講師を招くことができるのが一つの特徴です。現在、ある中学校に、カウンセリングのお手伝いで2人が毎週入ってもいます。
お母さんの孤立を防ぐ
——対象とするのは、乳幼児ですか?
「乳児から思春期の頃のお子さんまでが、一応の守備範囲です。ただ、お子さんを直接見るというよりも、お母さん方への支援が主な活動となります。
最近のお母さん方は、少子化や共働き家庭の増加、地域との関係の希薄さなどで、どうしても孤立しがちな傾向があります。また、情報が多すぎるのと同時に、子どもと接した経験が少ないために、子育てで迷うことも増えています。セミナーなどを開くと、どの回でも、うつ状態の方を見かけます。
こうした方を元気づけるには、周りとの関係を濃くしていくことが有効です。地域の中に居場所をつくり、何かのときに頼ったり愚痴を言えたりすることが大事なのです。
そうした考えから、単にセミナーを開くだけでなく、そこからサークルを立ち上げていくことまでを意識してきました。現在、私たちがかかわっているサークルは33団体に上ります」
かつての子育てと、どこがどう違うのか
——「最近の子育て」というキーワードをよく耳にしますが、実際のところ、かつての子育てとは違うものなのでしょうか。
「ちゃんと遊べていない子が多い、というのを感じています。それは、両親が多忙であったり、早くから習い事をさせたり、といったことが背景にあると思います。
昔はなかったスマートフォンやパソコン、テレビゲームもあり、テレビに子守りをさせるというのは、ごく普通に見られることです。
料理のときなど、ちょっとの時間だけテレビを頼るのは良いと思いますが、これがだらだらと続くようになると、子どもの発達に大きな影響を及ぼします。
子どもには、ぼうっとしたり、空想したりする時間も大切なのです。
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また、体を動かしてちゃんと遊べていないと、身体の発育に影響が出ます。
少し前に、肩が上まで回らないという小学3年生と接したことがあります。両手が上まで上がらないのです。普通に生活をしている子なので、両親も気づかずにいたのですが、恐らくこの子は、鉄棒やうんていで遊ばなかったのでしょう。
私が現役の養護教諭だった頃は、小学1年生で入ってきた子たちに対し、『蹲踞(そんきょ)ができるか』『階段をちゃんと上り下りできるか』の2つは必ずチェックするようにしていました。
『蹲踞』のほうは、それができないと和式トイレが使えませんから重要です。
当時でも学年に数人は出来ない子がいましたが、今はもっと増えていることでしょう。
今は生活が完全に洋式になっているので、直に床に座るという機会が格段に減っています」
昔の良かったものを、現代にも取り入れて
——生活様式や機器の進化が、子ども達に影響を及ぼしている。
喜田 実は脳の発達に、昔あそびが有効ということが分かっています。昔あそびには、全身を使い、リズムを取るというものが多いのです。典型的なのはお手玉で、けん玉やコマ、だるま落としなどもそうです。
こうした遊びによって、体だけでなく、脳も開発されていきます。
遊びに限らず、今の社会では、昔の良かったものが、少し軽んじられている風潮があります。
子育てでいえば、おんぶもその一つ。実際にやってみると、お母さんの両手は空くし、常に子どもを感じられるし、あれほど良いものはありません。
また、食事でも、切り干しとかひじきといったものが、あまり取られなくなっています。こうしたものを若いお母さん方に伝えていくのも、私たちの役割と思っています。
昔の良いものを伝承することが大切です。
「就学前健診」が終わると相談が急増する そのワケは…
——お母さん達からの相談としては、どういうものが多いのでしょうか? そこに、昔と現在の違いはありますか。
いま、最も相談が多くなるのは、就学前健診の時期です。ここで、「少し言葉の出方が遅いから、ちょっと病院で見てもらって……」などと指摘されることが増えているのです。
ADHD(注意欠陥・多動性障害)やLD(学習障害)などはかつてはほとんど知られておらず、この10年くらいで急に広まっています。
私が現役の頃は、そういう子がいても、クラスの中でみんなで受け入れ、先生たちが対処を考えながら、話し合い、協力し合ってやってきました。それが100%正しいと主張するつもりはありませんが、ちょっと疑わしいということですぐに区別するような風潮はどうかと思います。ただ成長が遅いだけ、ということもあるはずです。
ところが今は、学校側はすぐに白黒付けたがりますし、そもそも教職員の現場に、じっくり話し合って模索していこう、などという余裕が失われています。
先生たちはみんな忙しく、先輩・後輩の間での相談ごとも減っている。校長・副校長は管理職としてマネジメントを重視しています。
管理される先生方は、どうしても校長・副校長の顔色を伺わずにいられません。
子育て支援で、地域にできることとは
——そうした状況で、地域の役割とは何なのでしょうか。
子どもも忙しい。家庭も忙しい。学校にも余裕がない。そうなると、子どもたちには、ほっとできる場がなくなってしまいます。どんどん孤立が深まってしまう。
そこでだれかが、「そんなに急がなくて大丈夫だよ。もうちょっとゆっくりでいいんじゃない?」と声をかけていくことが必要です。そうでなければ、どんどん厳しいほうに突進していってしまいます。
普通に子育てを考えても、愛情を持って子どもに接するとき、泣いている子がいれば、まず抱っこして、なだめて、というふうになりますよね。
そういう役を担えるのが、「地域」なのではないかと思います。家庭も学校も忙しい中で、グレーゾーンというか、緩衝帯になれると思うのです。
学校でいえば、まさに「保健室」です。ちょっと苦しいときに駆け込める場所。
「地域」にはその役が担えるはずだし、同時に、地域の中に、そういう場所や人が増えてほしいとも思います。
——具体的には、「地域」が何をすればよいのでしょうか。
「なにか困っている?」とちょっと声をかけるということ。それが大切です。
いま、サロンとかが町中に増えていますが、そういう「場」も大事なのだと思います。
喜田貞(きた・てい)さん
NPO法人「まちかど保健室」副代表。和泉短期大学、帝京大学の講師を経て、現在、帝京短期大学こども教育学科講師。著書に『広がれ! まちかど保健室』(少年写真新聞社)。まちかど保健室のホームページはこちら(http://machikadohoken.chu.jp/)。