猫 耳 南 風
太宰治文学賞作家 志賀泉さんコラム
五月の連休に伊勢神宮を参拝し、鳥羽水族館にも足を延ばした。目的はジュゴン。鳥羽水族館は日本で唯一、ジュゴンを飼育している水族館だ。
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僕は十年ほど前、沖縄の辺野古でジュゴン保護活動に関わり、大学生たちと合宿し、通称「ジュゴンの見える丘」でジュゴンを観測しようと一週間海を眺めていたことがある。稀少生物であるジュゴンに会うことは叶わなかったが、問題は見る、見ないではなく目に見えない相手をいると信じて、いかに心を通わすかだった。
だから、僕が自分の目でジュゴンを見るのはこの日が初めてになるのだが、初めてという気はしなかった。古い友だちと再会したような気分だった。
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ジュゴンは人魚伝説があるくらい、顔つきが人間くさい。沖縄では神の使いとされ、津波を呼ぶという伝説もある。僕の二作目の長編小説『TSUNAMI』は、ジュゴンの津波伝説を題材にしたものだ。
見れば見るほど、ジュゴンは不思議な生き物だ。白くずんぐりした体でゆったり水中を浮き沈みする姿は、生存競争に勝ち抜きながら進化を遂げていった他の生物と明らかに違う。競争から降り進化を止め、宮沢賢治のいう「デクノ ボー」になることで逆に生き延びてきた種族に思える。そういえば顔つきもどこか賢治に似ている。
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僕は辺野古港で座り込みにも参加し、弱い者がむしろ弱さを武器にする沖縄の闘いを見てきた。その姿はジュゴ ンの生き方に通じるものがあった。
その後、東日本大震災があり原発被災地になった故郷に精力を集中したため、沖縄からは離れていったが、沖縄の体験は原発問題と向き合う現在の活動に活かされている。僕がジュゴンから学んだものは大きい。
プロフィール
志賀 泉