西東京市を拠点に活動するNPO法人ALDの未来を考える会(A-Future)の代表を務める本間りえさん。活動のきっかけは、21年前に、6歳の長男が突然、先天的な代謝異常の難病・ALD(副腎白質ジストロフィー)を発症したことでした。
ALDは、言語障害や歩行障害、中には1年以内に死に至るケースもある、全国で患者が200人程度という希少な病気です。
その難病と家族一丸となって闘い、2000年には「ALD親の会」(現・特定非営利活動法人ALDの未来を考える会)を発足、ここ数年は、講演活動で全国を飛び回っています。
17日には、地元・西東京市で講演します。
(※編集部注 イベントは終了していますが、地域情報として掲載を継続しています)
長女をドナーに日本初の手術
「日本では何もできません」
ADHD(注意欠陥多動性障害)を疑い受診した病院で告げられたのは、初めて聞くALDという名と、そんな絶望的な一言でした。
しかし、「日本では」の前置きにいちるの望みを持ったといいます。
「海外なら何とかなるんですか?」
その問いから始まった、未知との格闘の日々。
骨髄治療の成功例がフランスで1例だけあるのを知り、当時9歳の長女をドナーに「恐らく日本初」という治療を行いました。
外国に手紙を出しまくり、イギリスから機能訓練のスタッフを招いたりもしました。
ぬぐえない、「私のせいで……」の思い
治療は望み通りにはいかず、息子は寝たきりの状態となりましたが、諦めることなく、希望を求めて駆け回りました。
「かけがえのない、かわいい自慢の息子です。少しでもいい状態でいられるように、何とかしてあげたい。その一心で、無我夢中でした」
心ない言葉を浴びたこともあります。
遺伝子の変異が原因のALDは、母体がキャリアと判明している病気です。自分自身も、「私のせいで……」と何度も泣きました。
患者会は社会資源になる
幾つかあった転機の一つは、ヒントを求めて訪ねた認定NPO法人「難病のこども支援全国ネットワーク」の会長から言われた一言でした。
「患者会を作ることは社会資源になることです」
「社会資源」の意味がそのときは分からなかったといいますが、励ましを頼りに、日本にはなかったALDのネットワークを築き上げました。
今は講演で全国を飛び回る日々。パリで講演したこともあります。
各地で患者の本音を伝え、難病患者や家族たちの相談に応じるなかで、「ああ、こうやって体験をつなげられる場というのは、確かに社会資源なんだ」と実感しています。
ピアスへの思い
そんな本間さんのトレードマークは大きなピアスです。
長男の病気が分かった32歳のとき、「不良になりたくて」初めて耳に穴を開けました。
「一生懸命まじめに生きてきたのに、私のどこが悪かったの? と苦しかったんです」
でもそれは、長男の介護を一生引き受けるという覚悟の表れでもありました。
手や首にアクセサリーを着けられない分、ピアスが女性らしいおしゃれのポイントとなるからです。
夫との晩酌が何よりの楽しみ
多忙な日々ですが、支えとなるのは、やはり家族の存在だそうです。
長男はこの秋に27歳。長女は結婚しましたが、今も「法人」の事務を担当してくれています。
そして、陰に日なたにサポートしてくれる夫。
「今日を無事に生きられるというのは本当に素晴らしいこと。夫との晩酌が何よりの楽しみなんです。ちょっと、おやじみたいだけど。朝から駆け回るのは1杯のビールのために――なんて、ね(笑)」
◆ほんま・りえ
神奈川県横浜市出身、特定非営利活動法人「ALDの未来を考える会」理事長。著書に『いのち、光るとき』(河出書房)。
本間さんが話す講演会
講演会「今、必要なしなやかに生きる力 患者自身がもつ力」は、17日午後2時から4時まで、西東京市田無公民館で開かれます。図書館文化講演会。患者として医師や医療とどう向き合うべきかなどを話します。申込順50人。詳しくは中央図書館(042・465・0823)へ。